交流会で感じた、あの「冷める」瞬間
ビジネス交流会でこういう人にたまに出会います。 「うちのクライアントには**会社のA社長もいらっしゃるんです」 確かにそれはすごい、と思うくらい知名度のある社長さんです。
さらにはこういうこともあります。「ビジネス系のテレビ番組に出演しまして、そのときの映像がこちらです」とタブレットを広げる。これもすごいと素直に思います。
しかしこういうことをたたみかけられると、自分の心がどんどん離れていくのを、冷めていくのを実感します。
権威性といえば、例えばSEOの世界では、社会的に認められている存在であることを示すのにその業界で権威のあるサイトから根拠を引っ張ってくることがあります。例えば水分補給をしっかりしましょうと示すのに、厚生労働省のサイトのリンクをはるということです。

「権威」と「えらい」を辞書で引いてみる
「権威」とはなにかと国語辞典をひいてみたら、このように記載がありました。「すぐれた力を持っていて、社会的にえらいと思われている(こと/人)。」
では、「えらい」とはなんなのでしょう。かなり抽象的な言葉で説明されているなと感じたので、この言葉も国語辞典で調べてみました。「①(行動や人物が)すぐれていて、尊敬したくなるようすだ。②仕事の上で、役目が上で。地位が高い。③ほめたくなるようすだ。感心だ。」権威に関わる「えらい」は①や③あたりでしょう。
ビジネスをやっていく上で、権威性を表すことは、「私はこの分野において社会的に認めてもらっています」を表すということ。つまり、初見の人から見ても、安心材料にはなります。
一方で、冒頭の人のような魅せ方だと、人が冷めていくのではと感じます。同じ「権威性」のはずなのに、なぜこうも受け取られ方が違うのでしょうか。

なぜSEOの権威性は素直に受け取れるのか
面白いことに、SEOの世界で使われる権威性には、交流会のあの居心地悪さがありません。厚生労働省のリンクを見て「マウントを取られた」と感じる人はいないでしょう。
この違いはどこから来るのかを考えてみると、2つの軸があるように思います。
ひとつは「誰の求めに応じて出しているか」です。水分補給の記事を読む人は、そもそも「これって本当なんだろうか」という検証を求めて読んでいます。厚労省のリンクは、その求めに答える形で差し出されています。一方、交流会でA社長の名前が出るのは、こちらが「この人の実力を証明してほしい」と頼んだわけではありません。聞いてもいないのに差し出されているのです。
もうひとつは「検証できるかどうか」です。厚労省のリンクは、クリックすれば誰でも中身を確認できます。しかしタブレットに映るテレビ出演の映像は、こちらが検証しようのない、いわば自己申告の延長線上にあるものです。
つまり同じ「権威性」という言葉を使っていても、①求められて出したものか、先回りして押し出したものか、②聞き手が検証できるものか、自己申告どまりのものか、という2つの軸で、受け取られ方がまったく変わってくることがわかります。

「伝えたいこと」と「伝わったこと」のズレ
なぜ先回りして押し出された権威性は、心を離れさせるのでしょう。ここは、話し手の意図と聞き手の解釈という視点で見るとわかりやすいです。
話し手の意図は、おそらく「私は信頼できる人間だ」という一点に尽きるかと思います。実際、A社長の名前もテレビ出演も、それ自体は嘘のない実績であり、悪意があるわけではありません。
しかし発せられた言葉は、聞き手の側でこう変換されます。「この人は、自分の実力ではなく他者の看板で語ろうとしている」「聞いてもいないのに差し出してくるということは、余程それを見せたいのだろう」。ここで解釈が生まれ、そこから「なんとなく冷める」という行動が導かれるのです。
厄介なのは、話し手はこのズレにまったく気づいていないという点です。本人の中では「安心材料を提供している」つもりで、相手の中では「圧をかけられている」に変換されています。同じ情報でも、出すタイミングと出し方(間の取り方、間合いを詰めてくる様子、タブレットを広げる所作)といった非言語的な要素が、内容そのものの正しさとは別のレイヤーで印象を決めてしまいます。

結論:権威性は「差し出すもの」ではなく「差し出されるべきときに置いておくもの」
ここまで整理すると、ひとつの答えが見えてくる。権威性そのものが信頼を生むかマウントになるかを分けるのは、権威性の「中身」ではなく「出し方」だ。
厚労省のリンクのように、聞き手が求めたときに、検証可能な形でそこに置いてある権威性は、安心材料になる。一方、聞かれてもいないのに、検証しようのない自己申告を積み重ねて差し出される権威性は、たとえ中身が本物であっても、相手の心を遠ざけます。
自分の実力を語るとき、私たちはつい「伝えたいことを、伝えたいタイミングで、伝えたいだけ」差し出してしまいがちです。しかし本当に信頼されたいなら、差し出す前に一呼吸置いて、「これは相手が今、求めている情報だろうか」と自分に問い直す必要があるのかもしれません。
