「人と話していると、うまく言葉が出てこない」
「頭の中では言いたいことがあるのに、話そうとするとまとまらない」
「あとから考えると、あれを言えばよかったと思う」
そんな経験はないでしょうか。
「自分は話すのが下手なのかもしれない」と考えて、話し方を練習したり、もっと上手に話そうとしたりする人もいるでしょう。もちろん、話す技術を身につけることが役立つ場面はあります。
ただ、「うまく話せない」という現象を、単純に「話し方が下手だから」と考えてしまうと、見落としてしまうものがあります。それは、話すことは、単に言葉を口から出す作業ではないということです。
「うまく話せない」とき、本当に困っているのは何?
「うまく話せない」と一言で言っても、その状態は人によって違います。
たとえば、
- 何を話せばいいのか分からない
- 言いたいことはあるけれど、言葉が見つからない
- 話したいことが多すぎて整理できない
- 相手にどう受け取られるか気になってしまう
- 相手が何を知りたいのか分からない
- どこまで説明すればいいのか判断できない
- 質問されると、何を答えればいいのか分からなくなる
こうした状態は、すべて「うまく話せない」と表現できます。でも、それぞれ同じ問題でしょうか。おそらく違います。
「うまく話せない」という一つの言葉の中に、考えること、言葉を選ぶこと、相手を理解すること、状況を判断することなど、いくつもの過程が含まれています。
だからこそ、「もっと上手に話しましょう」だけでは解決しないことがあります。

「何を言えばいいのか分からない」と「どう言えばいいのか分からない」は違う
たとえば、仕事について質問されたとします。「今回の件について、どう思いましたか?」
この質問に対して、「言いたいことはある。でも、どう説明したらいいか分からない」という人もいるでしょう。
一方で、「そもそも何について答えればいいのか分からない」という人もいます。この二つは似ていますが、問題は違います。
前者なら、考えていることを整理したり、言葉にする練習をしたりすることが役立つかもしれません。後者なら、まず相手が何を聞いているのか、その質問がどんな意図で発せられたのかを捉える必要があります。
つまり、「話す」という行為の前に、すでにいくつもの判断が行われているのです。
話すとき、人は相手や状況も考えている
私たちは、いつでも同じように話しているわけではありません。
家族と話すとき。友人と話すとき。初対面の人と話すとき。上司と話すとき。取引先と話すとき。同じ内容でも、言葉の選び方や説明の量は変わります。なぜでしょうか。
それは、相手によって共有されている情報や関係性が違うからです。
例えば、自分と相手の間では当たり前になっている話なら、細かく説明しなくても通じます。一方、相手がその事情を知らなければ、同じ言い方では伝わりません。
「この前の件ですが……」だけで話を始めても、相手が「この前の件」が何を指しているのか分からなければ、当然話は進みません。話し手にとっては明らかなことでも、聞き手にとっては明らかではない。
このようなズレは、日常のコミュニケーションでも頻繁に起こっています。

「自分が知っていること」と「相手が知っていること」は同じではない
コミュニケーションで難しいのは、自分の頭の中にある情報を、そのまま相手に渡せるわけではないことです。
自分には見えている前提が、相手には見えていないことがあります。自分にとっては簡単な説明でも、相手には情報が足りないことがあります。逆に、相手にとっては必要のない情報を、こちらが一生懸命説明していることもあります。
つまり、伝えるためには、「私は何を言いたいのか」だけでなく、「相手は何を知っているのか」「何を知りたいのか」も考える必要があります。
ここまで考えると、「うまく話せない」という問題を、単純な話術の問題として扱うことに少し違和感が出てきます。
「うまく話せない」のは、自分だけの問題とは限らない
「自分は話すのが下手だ」と思っている人でも、相手や状況が変わると、驚くほど話しやすくなることがあります。
反対に、普段はよく話す人でも、「何を聞かれているのか分からない」「相手がどこまで知っているのか分からない」「どの程度まで説明すればいいのか分からない」という状況になると、急に話しにくくなることがあります。そう考えると、「話せる・話せない」は、本人の能力だけで決まるものではありません。
誰に、何を、どんな状況で話しているのか。そこにも大きく左右されます。

「話す力」だけでは、コミュニケーションは決まらない
もちろん、話を分かりやすく組み立てることは大切です。結論から話す。具体例を入れる。長くなりすぎないようにする。相手に合わせて言葉を選ぶ。こうした「話し方の技術(型)」が役立つ場面もあります。
ただ、それだけでは説明できないコミュニケーションもあります。例えば、「ちゃんとお願いします」と言われたとします。「ちゃんと」とは、何を意味しているのでしょうか。
期限を守ることかもしれません。ミスをしないことかもしれません。報告まで行うことかもしれません。あるいは、以前に何か問題があったことを踏まえた言葉かもしれません。言葉そのものだけを見ても、意味は決まりません。
誰が、誰に、どんな場面で、何を前提として、その言葉を使ったのか。そこまで含めて、私たちは言葉を理解しています。
だから、コミュニケーションを考えるときには、「どう話すか」だけでなく、「どのような文脈で言葉が使われているか」を見ることが重要になります。

うまく話すことより、「何がずれているのか」を見る
「うまく話せない」と感じたとき、「もっと上手に話さなければ」と考える前に、少しだけ立ち止まってみてもいいかもしれません。
私は今、何を伝えようとしているのか。相手は何を知っているのか。相手は何を聞きたいのか。どこまで説明すれば伝わるのか。自分と相手の間に、どんな認識の違いがあるのか。こうしたことを一つずつ見ていくと、「うまく話せない」という一言では見えなかったものが見えてくることがあります。
そして、ときには、「話すのが下手なのではなく、何をどう伝えるかを、その場で一生懸命考えていた」ということもあるのではないでしょうか。

「うまく話せない」の奥にある、コミュニケーションのズレ
シュプラノートでは、コミュニケーションを「上手に話すための技術」だけでは捉えません。人は、自分が見ているもの、知っていること、当然だと思っていることを基準にして言葉を使います。一方、相手には相手の前提があります。そのため、「ちゃんと説明したのに伝わらない」「そんな意味で言ったんじゃないのに、違うように受け取られた」「質問に答えたつもりなのに、話がかみ合わない」といったことが起こります。
そこにあるのは、単純な「話し方の上手・下手」だけではありません。
認知と言語の間にあるズレ。そして、話し手と聞き手の間にあるズレ。「うまく話せない」と感じたときにも、実はそこに、自分だけの問題ではないコミュニケーションの構造が隠れていることがあります。

まとめ
「うまく話せない」と感じたとき、「私は話すのが下手なんだ」と決めつける必要はありません。
何を伝えたいのか。相手は何を知っているのか。どんな前提が共有されているのか。相手は何を聞きたいのか。そして、自分と相手の間にどんな認識のズレがあるのか。そうしたことを見ていくと、「うまく話せない」という現象を、少し違った角度から捉えられるかもしれません。
コミュニケーションの問題は、話し方だけの問題とは限らないのです。
「言葉がうまく出てこない」その奥には、認知と言語、そして人と人とのズレがあるのかもしれません。
シュプラノートでは、こうした「うまく言えない」「伝わらない」「なぜか話がかみ合わない」という現象を、「話す技術・型」ではく、言語・認知・文脈の視点から考えています。
