敬語を使っているのに、なぜか冷たいと感じる理由——型と心のズレ

敬語を使っているのに冷たい

以前、書籍を執筆していたときのことです。出版社の担当者の方が、丁寧に校正をしてくださっていました。ただ、その校正案に対して「いや、ここはこの表現でいきたい」と、自分の意見を通したことが、一冊のうちに何度かありました。すると、担当者の方からこう言われたのです。

「そのとおりに戻しました。ほかに坂本さんのこだわりはありませんでしょうか」

言葉づかいは丁寧で、間違った表現でもありません。それでも私は、どこか「口うるさい人だと思われているのだろうか」と、もやっとした気持ちになりました。

この違和感の正体は、多くの場合「敬語」という型そのものではなく、型の裏にある意図や配慮の有無にあります。

目次

敬語は「型」である

日本語の敬語は、尊敬語・謙譲語・丁寧語という、文法的に体系化された「型」です。動詞の形を変え、語彙を選び、文末を整えれば、それだけで文法的には正しい敬語が完成します。相手への配慮を話し手が意識せずとも、一定の形式として表現できる仕組みが、あらかじめ言語の中に用意されているのです。

裏を返せば、この型さえ守っていれば、敬語としては「成立してしまう」という側面があります。「させていただきます」「承知いたしました」と正しく言えていれば、文法上は何の問題もありません。しかし、その言葉の奥に「あなたを大切に思っている」という気持ちが伴っているかどうかは、型だけでは判断できません。型は敬意の最低ラインを保証してくれますが、敬意そのものを保証してはくれないのです。

型は保たれたまま、心だけが抜け落ちる現象

型は完璧なのに、そこに配慮が感じられない。この状態が行き過ぎると、「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」と呼ばれる現象になります。言葉遣いは丁寧すぎるほど整っているのに、かえって相手を見下している、あるいは拒絶しているように感じられる態度のことです。

興味深いのは、慇懃無礼が偶然だけでなく、意図的に使われることがある、という点です。たとえば相手から失礼な扱いを受けたとき、同じレベルの失礼さで言い返すのではなく、あえて型を崩さず丁寧な言葉のまま距離を取る。これは「あなたと同じ土俵には立ちません」という、礼儀正しさを保ったままの意思表示として機能します。

たとえば、こんな場面を想像してみてください。Aから心無い一言を投げつけられたBは、内心むっとしています。ただ、言い返して波風を立てたくはありません。そこでBは、感情を表に出さず、あえて丁寧すぎるほどの言葉で応じます。

A「それくらい普通わかりますよね?」
B「そうですよね、さすがです。私には到底思いつきませんでした。大変勉強になりました、ありがとうございます。」
A「いえいえ、どういたしまして!」

Bの言葉には、かなりの皮肉が込められています。「さすがです」「到底思いつきませんでした」と、必要以上にへりくだって見せることで、暗に「そんな言い方をしなくても」という不満を伝えているわけです。ですがAは、それを素直な感謝の言葉として受け取っています。なぜこうしたズレが起こるのでしょうか。それは、Aの中に「自分が相手に失礼なことをした」という自覚がそもそも存在しないためです。自覚がなければ、返ってきた丁寧すぎる言葉も、皮肉としてではなく、字面どおりの感謝としてしか解釈できません。

型は同じでも、発信側の意図と受信側の解釈がずれてしまう。敬語というのは、実はこれほど「型」と「意図」が分離しやすい表現なのだと言えます。だからこそ、慇懃無礼を仕返しとして使うときは、相手に伝わることを期待するより、「私はこの距離感でしか、あなたと関わりません」という自分自身の境界線を保つための表現、と捉えたほうが機能的です。

意図のズレは、受け手の中でも生まれる

こだわる

ここまでは、送り手が意図的に型と心をずらすケースでした。ですが、冒頭の「こだわり」のように、送り手にそのつもりがなくても、受け手の側が勝手に意図を読み込んでしまうこともあります。

あのとき私は、もやっとした気持ちの正体を確かめたくて、「こだわる」という言葉を辞書で引いてみました。三省堂国語辞典には、次の3つの意味が載っています。

  1. そればかりを(いつまでも)気にする
  2. つきつめてよく考える
  3. 自分の好みを深く追い求める

ネガティブな意味を持つのは①だけで、②③はむしろ、専門性や探求心を表すポジティブな言葉です。担当者の方が、①のつもりで言ったのか、②③のつもりで言ったのか、実のところ今でも分かりません。ただ、私はあのとき、自分でも気づかないうちに①の意味だけを選び取り、勝手にもやっとしていたのです。

これは、担当者の言葉づかいが悪かったのではなく、私自身の受け取り方が偏っていた、ということだと思います。同じ型に対して、受け手の側が自分のフィルターを通し、送り手が込めてもいない意図まで読み込んでしまう。慇懃無礼が「送り手が意図的に型と心をずらす」現象だとすれば、これはその逆で、「型は変わらないのに、受け手の側で意図が生成されてしまう」現象です。型と心のズレは、話す側だけでなく、聞く側の中でも起きているのです。

英語の丁寧さは、そのつど組み立てるもの

では英語はどうでしょうか。日本語のような、文法として義務づけられた敬語体系は英語にはありません。主語や動詞の形を変えるだけで自動的に敬語になる、というルールが存在しないのです。

その代わり、英語の丁寧さは、話し手がそのつど能動的に組み立てるものです。”Could you…” にするか “Can you…” にするか、率直に言うか、遠回しに言うか。そこにイントネーション、表情、間の取り方といった非言語の要素が重なり、丁寧さの度合いが決まっていきます。

これは英語が優れているという話では全くありません。英語にも、丁寧さを表す決まり文句はいくつも存在します。それらを、相手の状況を考えずに機械的に並べれば、日本語の敬語と同じく、型だけで心がこもっていない印象を与えることは十分にありえます。決まり文句を重ねれば丁寧になる、という発想自体は、日本語の「させていただきます」を重ねる感覚と、実はそう遠くありません。

つまり、言語が違っても「型に安住してしまう」という構造そのものは共通しています。違うのは、日本語は型が自動的に丁寧さを保証してくれる分、安住しやすく、英語は都度の選択が求められる分、意識が向きやすい、という度合いの差にすぎません。

職場で起きているのは、たいてい「無自覚」なほう

ここまで、送り手が意図的に距離を示す慇懃無礼と、受け手が勝手に意図を読み込んでしまうケースを見てきましたが、職場で実際に多いのは、どちらの側も無自覚に起きているケースです。忙しさや余裕のなさから、送り手は型だけを保つことに意識が向き、相手がどう受け取るかまで考える余裕がなくなる。受け手もまた、自分の立場やこれまでの経験というフィルターを通して、相手が込めてもいない意図を読み込んでしまう。どちらにも悪意はないのに、結果として「型はあるが心が伝わらない」状態になってしまうのです。

こうした状態は、当人には見えにくいものです。送り手は、文法的に間違ったことは言っていないという自覚があるぶん、「冷たく響いている」という指摘を受けても実感を持てません。受け手もまた、自分の解釈が偏っている可能性には、なかなか気づけません。だからこそ、言葉を発するときは「正しい敬語を使えたか」を、言葉を受け取るときは「自分はその言葉を、都合よく解釈していないか」を、それぞれ基準にしてみると、型と心のズレに気づきやすくなります。

型より先に、意図を確認する

敬語も、丁寧な言葉づかいも、それ自体は相手への配慮を伝えるための「手段」であって「目的」ではありません。型を正しく使うことと、相手を大切に思う気持ちが伴っていることは、本来別の話です。

私たちは、正しい敬語を使えているかどうかを気にする前に、一度立ち止まって考えてみる必要があるかもしれません。その言葉の奥に、本当に相手への心はありますか、と。同時に、相手の言葉を受け取るときも、一度立ち止まってみたいところです。自分は今、辞書的な意味ではなく、自分に都合のいい意味だけを選び取っていないか、と。

冒頭の「こだわり」も、あのとき辞書を引いていなければ、私はずっと「口うるさいと思われた」という解釈のまま、担当者の方に対してもやもやを抱え続けていたと思います。型だけを見て憶測を膨らませる前に、辞書的な意味に立ち返る、あるいは相手に真意を尋ねてみる。それだけで、無用なすれ違いは減らせるのかもしれません。

コミュニケーション研修「シュプラノート」では、こうした言葉の「型」と「意図」のずれに注目し、伝える側だけでなく聞く側の読み取る力も含めて、組織のコミュニケーションを整えるお手伝いをしています。

「型」と「意図」のズレに関心を持たれた方は、研修の内容もあわせてご覧ください。

研修メニューはこちら


参考文献

  • 見坊豪紀ほか編『三省堂国語辞典 第八版』三省堂、2026年3月30日第3刷発行、「こだわる」の項
  • 河正一・山中信彦「質問紙調査に基づく『慇懃無礼』の意味論と語用論——原型とポライトネスの観点から」『計量国語学』28巻4号、計量国語学会、2012年、125-152頁 https://www.jstage.jst.go.jp/article/mathling/28/4/28_125/_article/-char/ja

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