大人も子供も読解力が落ちていると言われています。文字を見ることができても、読むことができないという状態です。看板やアナウンスの注意書きを、自分に都合よく解釈してしまう人が時々SNSを騒がせているのを見かけたことがある方も多いのではないでしょうか。読解力の低下とともに語られやすいのが「読書離れ」ですが、この2つは本当にイコールなのでしょうか。
読解力とは何か
学生時代に「長文読解」という科目があったことから、読解力とは長い文章を読んで理解することだと思われがちですが、文部科学省ではこう定義されています。
自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力。(文部科学省より)
文章の長さにかかわらず、理解したり熟考したりできるかどうかがポイントです。「この本にはなんて書いてあった?」という質問は、一字一句どんな言葉が書かれていたかではなく、要はどういうことが書いてあったのか、テーマや結論を聞いています。
学生時代、私は読解力がなかった
小学6年生のとき、夏休みの読書感想文で賞をもらったことがあります。もともと文章を書くのは好きでしたが、原稿用紙何枚以上というルールに、何を書けばいいのかわからず悩んでいたので、自ら本屋で「読書感想文の書き方」という本を買いました。これで目の付け所がわかったのは大きな収穫でした。
その後、中学・高校に進み、「英語は楽しくて仕方ないのに、国語の点数がそれほど取れない」という状態に直面します。日本語なのになぜ点数が取れないのかわからず、大学進学を見据えて参考書を買い、学び直しました。
振り返ると、私には読解力がなかったのです。国語のテスト問題を、自分の思い込みを入れて読んでしまっていました。例えば「作者はどのように感じたか」という問いには、必ず文章中に答えがあります。しかし当時の私は「こう思ったに違いない」と想像で書いていました。読書感想文なら自分の思ったことを自由に書いてよいのですが、テストで問われる作者の気持ちは、私の気持ちとは別のものです。それを混同してはいけませんでした。
これは社会に出てからも起こり得ます。「あなたはどう思う?」と聞かれているのに世間の声を答えてしまったり、アンケート結果をまとめる際に自分の考えを盛り込んでしまったり。読解力がないというのは、そこに余計な思い込みを混ぜてしまっている状態とも言えます。

読解力に繋がったかもしれない2つのこと
さほど本を読んでこなかった私が、なぜ読解力を身につけられたのか。振り返ると、次の2点に行き着きます。
舞台役者としての経験
20代から30代にかけての約10年間、舞台役者として活動していました。役者は台本を読んで理解し、それを現実世界に再現します。ト書きには、台詞以外の説明文もありますが、誰がどこに立ち、どう動き、どんな表情でどうしゃべるかまでは事細かに書かれていません。演出家と役者たちがコミュニケーションを取りながら、「ただの文字」から目に見える世界を作り上げていきます。
このとき読解力がなければ、台詞を覚えても役として生きられず、お芝居は成立しません。読解力とともに、想像力もかなり鍛えられたと思います。
意図を読む習慣
なぜ相手がそう言うのかを、言葉そのものだけでなく、その奥の背景や意図を読もうとする習慣も影響していると思います。これは相手の言葉や文字に限った話ではありません。
混雑したカフェのテーブルに誰かのハンカチが置いてあったら、忘れ物だとは思わないはずです。席を確保しているんだなと、持ち主に聞かなくてもその行動の意図を読み取れます。
自分という主体を常に頭の真ん中に置いてしまうと難しいのですが、自分の考えや価値観をいったん横に置き、目の前の人がこう言っているという事実だけを受け止め、そこに自分を含めないようにする。客観的に聞くことに徹していて、自分の価値観というフィルターをなるべくかけないようにしているのだと思います。まさに国語のテストの「作者は何をして、その結果どう感じたか」を、目の前の話し手に置き換えているだけなのです。
こういう聞き方をすると、「わかるし共感もする」と「わかるけど共感できない」という2つの感情が生まれますが、自分が直接関わらないことであれば、共感できるかどうかを自分の中でジャッジする必要はなく、ただ相手の話を理解しただけで済みます。だから、ネガティブな気持ちも生まれにくいのです。
「反対意見」には2種類ある
有名人の発言がSNSをざわつかせるとき、その反対の声には2種類あると考えています。
一つは、相手の主張を理解した上で「私はそうは思わない」と言っている、読解力のある反対意見です。こういう人がいることで議論が活発になるので、悪い存在ではありません。
もう一つは、そもそも発言の意図を理解していない反対意見です。理路整然と反対意見を言うことができないので、途中から主語を大きくして、何かの代表気取りになっていきます。質問に的外れな回答をしてしまう心理については、質問に的確に答えられない原因とは?でも解説しています。

読解力を高めるために
読解力を身につけるための方法は、読書だけではないと思うようになりました。
とはいえ、紙の本はきちんと校正された美しい日本語ですし、映像のない活字だけの世界に没頭することで、想像力を養うこともできます。その意味で「読書はした方がいい」には一票を入れたいと思います。
私自身の経験からは、読解力には想像力や論理的思考力も関わっているように感じます。そのためには、なるべくいろいろな人と出会い、様々な価値観に触れておくことも一つの方法です。本は他人が書いたものであり、小説であればさまざまな登場人物が出てくるので、疑似体験として有効なのだと思います。より基本的な国語力を鍛えたい方は大人になってから国語力を伸ばす方法とは?、語彙力を鍛える具体的な方法は語彙力を鍛える方法とは?もあわせてご覧ください。
まとめ
読解力の低下は読書離れとセットで語られがちですが、本を読むことと読解力が身につくことは、必ずしもイコールではありません。読書は推奨できる有効な方法の一つですが、唯一の方法ではなく、様々な人や価値観に触れる経験も、読解力や想像力を養う手段になり得ます。
相手の言葉の奥にある意図を読み取り、自分の思い込みを挟まずに理解する力は、組織のコミュニケーションの質を大きく左右します。こうした力を体系的に鍛えたいとお考えの企業様は、ぜひシュプラノートの研修メニューをご覧ください。
