新人には見えない「暗黙のルール」職場の「当たり前」のズレが人間関係を難しくする理由

当たり前のズレと暗黙のルール

「新人がなかなか職場になじめない」「何を考えているのかわからない」そう感じたことがある方は少なくないかもしれません。一方で新人の側にも、「聞いていない」「なぜこうするのか説明されていない」「質問すると呆れられそうで聞けない」といった戸惑いがあります。

これは、どちらかの性格や能力の問題として片づけられがちですが、実際にはもう少し別の構造が関係していることがあります。

今回は、ベテランと新人のあいだで「見えている文脈」がそもそも違うという視点から、この問題を考えてみます。

目次

新人が「職場になじめない」と感じるとき、何が起きているのか

「職場になじめない」という状態は、単に人と仲良くなれていないということだけを指すわけではありません。その職場で共有されているルールや前提、言葉の使い方、仕事の進め方といったものを、まだ理解できていない状態でもあります。

新人本人のコミュニケーション能力や積極性だけでこの状態を説明しようとすると、見落としてしまうものがあります。それは、職場という場に、長年働いてきた人たちの間では当たり前になっている、しかし新人にはまだ共有されていない文脈が存在しているという点です。

ベテランにとっての「当たり前」は、新人にとっての「当たり前」ではない

経験が増えるほど、「説明しなくても分かる」が増えていく

「これくらい分かるでしょう」「普通はこうする」「前からこうしている」ベテランがこうした言葉を口にするとき、悪気があることはほとんどありません。長く働くなかで自然に身についたことは、本人にとってはもはや「知識」ではなく「常識」になっています。常識になったことは、あらためて説明する対象だとは感じにくいものです。

「普通」という言葉には、共有された前提が隠れている

「普通はこうする」という言葉の裏には、その職場でこれまで積み重ねられてきた経緯や事情が隠れています。新人にとっては、その経緯を知らないまま「普通」という言葉だけを渡されるため、何を基準にした「普通」なのかがわかりません。ベテランには見えている職場の文脈が、新人にはまだ見えていない、というだけのことです。

職場の人となじむ

職場には、教えられていない「暗黙のルール」がある

職場には、マニュアルに書かれていないものの、実際には共有されているルールが数多くあります。「誰が誰に確認するのか」「どのタイミングで報告するのか」「忙しそうにしている人にはいつ声をかければいいのか」「会議でどこまで発言していいのか」といったことは、明文化されないまま、日々のやり取りのなかで受け継がれていきます。

こうした、言葉にされないまま職場のなかで共有されている知識や判断基準のことを、暗黙知や暗黙のルールと呼びます。新人がこうしたルールを知らないのは、能力や意欲の問題ではなく、単純にまだ誰からも説明されていないからだ、というケースは少なくありません。

「そんなことも知らないの?」が、質問しにくさを生む

これは特に見過ごされやすい部分です。新人が質問をためらう様子を見て、「やる気がない」「積極性がない」「コミュニケーション能力が低い」と解釈してしまうことがあります。

しかし、新人の側からすると、「こんなことを聞いたら『そんなことも知らないの?』と思われるかもしれない」という予測が先に立ち、質問そのものを控えてしまうことがあります。この予測が一度でも実際の経験として裏づけられると、次からはさらに質問しにくくなります。

つまり、「質問しない」という行動だけを見ても、その背景にどんな認知があるのかまではわかりません。積極性がないように見える行動の裏に、「聞いたら評価が下がるかもしれない」という警戒が隠れていることもある、という視点を持っておく必要があります。

わからない

ベテランが新人に伝えているのは、言葉だけではない

経験や経緯は、言葉にしなければ伝わらない

ベテランのなかにはすでに、これまでの経験、過去の経緯、職場の人間関係、その職場特有の言葉、判断の基準などが蓄積されています。これらは本人にとっては意識するまでもない前提になっていますが、新人にとっては何ひとつ共有されていない情報です。

「説明した」ことと「相手が理解できた」ことは同じではない

一度説明したからといって、相手がその内容を実際に理解できたとは限りません。話し手の頭のなかにある前提知識と、聞き手の頭のなかにある前提知識が違えば、同じ説明でも受け取られ方は変わってきます。これは、伝えたという事実と伝わったという結果が、必ずしも一致しないというシュプラノートが一貫して扱っているテーマそのものです。

「新人なら分かるはず」は、アンコンシャス・バイアスなのか

ここで、「暗黙のルール」と混同されやすい概念として、アンコンシャス・バイアスについても触れておきます。

「新人ならこれくらい分かるはず」「若い人ならこう考えるだろう」「普通はこうするでしょう」こうした発言の背景に、相手について自分が無意識に抱いている思い込みが関係している場合、それはアンコンシャス・バイアスの問題として捉えることができます。

一方で、「その職場では昔からこうしているが、その理由や経緯を新人にはまだ説明していない」という状態は、必ずしもアンコンシャス・バイアスではありません。これは単に、共有すべき情報が共有されていないという、情報伝達の問題です。

暗黙のルールをめぐる問題のすべてを無意識の思い込みのせいにしてしまうと、かえって「情報が共有されていないだけ」というシンプルな部分が見えにくくなります。この二つは、分けて考える必要があります。

新人との認識のズレを減らすには、「教える」だけでは足りない

では、こうしたズレを小さくするために、教える側に何ができるでしょうか。

「普通は」「昔からこうだから」という言葉で説明を終わらせず、その理由や背景まで含めて伝えることは、一つの手がかりになります。また、一度説明したからといって「もう分かっているはず」と判断せず、相手が理解できているかを確認する機会を持つことも大切です。

新人のなかには、「何がわからないのかが、まだわからない」という段階の人もいます。この段階では、そもそも何を質問すればいいのかすら定まっていません。だからこそ、新人が質問しやすい状態をつくること、そしてベテラン側が自分のなかにある前提を、あらためて言語化してみることが、ズレを減らす一歩になります。

ただし、これは新人教育の完全なマニュアルを目指すものではありません。あくまで、認識のズレを小さくするという観点から考えられることの一部です。

職場の人間関係

「新人の離職」を考えるとき、人間関係の中身を見る

新人の離職には、仕事内容、待遇、キャリアの見通し、労働環境、人間関係、上司との関係など、さまざまな要因が絡み合っています。「暗黙のルールがあるから新人が辞める」「ベテランの態度が新人を辞めさせている」というように、単純な因果関係として断定することはできません。

ただ、「職場になじめなかった」「人間関係がうまくいかなかった」という経験の中身を見ていくと、「何が合わなかったのか」「何がわからなかったのか」「誰にも聞けなかったことはなかったか」「職場の当たり前と自分の当たり前に、どんな違いがあったのか」……こうした認識のズレが関係していることもあります。人間関係という言葉でひとまとめにせず、その中身を見ていく視点は、離職の背景を考えるうえでも一つの手がかりになるはずです。

自分には見えている文脈が、相手にも見えているとは限らない

ここまで見てきたように、新人がなじめない、質問できない、といった状態の背景には、本人の性格や能力だけでは説明しきれない要因があります。ベテランが「伝えたつもり」「教えたつもり」でいることと、新人がそれを実際に理解できていることは、同じではありません。

これは、新人が悪い、ベテランが悪いという話ではありません。同じ職場で働いていても、それぞれが持っている前提や、見えている文脈が違えば、同じ言葉や同じ行動の意味も変わってくる、というだけのことです。

こうした認識のズレは、新人とベテランのあいだに限らず、部署間や上司・部下のあいだでも同じように起こります。職場で起きているコミュニケーションのズレを、個人の性格や能力の問題として片づけるのではなく、文脈や認知と言語のズレという観点から見直してみることには、意味があるのではないでしょうか。

シュプラノートでは、こうした認知と言語のズレに着目し、企業・団体向けの研修・セミナーを行っています。

→研修メニューページはこちら

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この記事を書いた人

約10年の舞台役者・ダンサーとしての経験と、コミュニケーション講師としての経験をもとに、認知言語学・自己呈示理論をベースにした企業向けコミュニケーション研修「シュプラノート」を主宰。話し手と聞き手の間に生まれる“ズレ”を言語化し、組織のコミュニケーションの質を底上げする研修を提供している。「表現コミュニケーション開発協会」共同代表。著書に「やばい」は思考停止か、それとも才能か(自著)ほか、共著2冊。TOKYO MXのビジネス情報番組にも出演。

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