謝罪動画が不信感を生む理由──7%の言葉と93%のビジュアルが語る“本音”

謝罪動画

SNSを見ていると、時折、タイムラインに流れてくる「謝罪動画」に強い違和感を憶えることがあります。

先日も、ある女性起業家が投稿したインスタグラムの動画が目に留まりました。 彼女は「子連れでビジネス交流会を主催したところ、参加者から『ビジネスの場に子どもを連れてくるのはいかがなものか』というクレームをもらった」とのことで、画面の向こうで神妙な面持ちで語っていました。

この記事では、言語ゲーム・自己呈示・文脈理解を専門とするコミュニケーション講師として、企業研修などで「伝わる表現」の教育を行っている私の目線で、感じ取ったちぐはぐさを分析していきます。

目次

SNSに増える「謝罪動画」への違和感

キャプション(文章)にも「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」と言葉が並んでいます。しかし彼女は続けてこう言いました。「子連れを理由にビジネスを諦めたくない。みなさんはどう思うか、正直な気持ちを聞きたい」と。

私は、ビジネスの場に子どもがいることの是非自体をここで議論したいわけではありません。それは状況やコミュニティのルールによるものだからです。

私が猛烈に気になったのは、その「言葉とビジュアルの、圧倒的なちぐはぐさ」でした。

言葉とビジュアルのちぐはぐさ

もし、ビジネスの場に子どもがいることに不快感を抱いた相手へ向けて、真摯に「配慮が足りなかった」と謝罪するのであれば、なぜその動画を撮影するとき、子どもを画面の外に出さなかったのでしょうか。なぜ、わざわざ子育ての背景を感じさせる状態でカメラの前に立ったのでしょうか。

本当にその参加者個人に謝りたいのであれば、すでに個別のメールやメッセージで済んでいるはずです。それをわざわざ、大勢の人が見ているSNSという「全体公開の場」に持ってくる。

画像を見ても、文章を見ても、これはもう謝罪ではありません。その本質は、「私はこれからも子連れでビジネスをやっていきたい」という、強い決意表明です。それどころか、「子連れに理解のない、冷酷なクレームをつけてくる人がいるんです」と大衆に訴えかけ、相手を間接的に悪者に仕立て上げる、一種の告発のようにも見えました。

「みなさんはどう思いますか?」という問いかけも、一見意見を求めているようでいて、コメント欄の実態は「かわいそう」「頑張って!」という同情と味方を集めるための、拒絶を許さない空気で充満していました。

スマホでSNSを見る女性

メラビアンの法則が示す“本音の伝わり方”

なぜ、私たちはこの手の動画に、得体の知れない「モヤモヤ」や不信感を抱くのでしょうか。 心理学には、コミュニケーションのちぐはぐさを説明する有名な「メラビアンの法則」というものがあります。

人が「相手の本音」を判断するとき、話している言葉の内容(言語情報)が与える影響は、わずか7%に過ぎないという法則です。残りの93%は、声のトーン(38%)や、目から入るビジュアル(55%の視覚情報)で判断されます。

彼女が口にした「ごめんなさい」という言葉は、全体の中の、たった7%。 対して、画面越しに飛び込んでくる「苦情の原因であるはずの子どもをあえて映したまま語る姿」という視覚情報は、55%の圧倒的な説得力を持って、見る人にこう訴えかけます。 「私はこのスタイルを曲げるつもりはありません」と。

7%の謝罪と、93%の自己主張。 この二つが衝突したとき、人間の脳は圧倒的に93%の「見た目・態度」を本音として受け取ります。だからこそ、受け取り手は「言葉では謝っているけれど、全く反省していないな」と感じ、結果としてその人のビジネスパーソンとしての「信頼」そのものがグラグラと揺らいでしまうのです。

SNS謝罪が「別のゲーム」になる理由

哲学者ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」というのがあり、言葉は常に辞書的な意味しか持たないのではなく、状況や背景に応じて、その都度持つ言葉の意味が変わるというのもです。

「おはよう」という言葉が、遅刻してきた後輩に言えば「遅いね」という皮肉になり、昼過ぎに起きてきた家族に言えば「もう昼だよ」という呆れに変わるように、言葉はその場の背景を重ね合わせたときに、初めて本当の意味を持ちます。

彼女は、SNSで「謝罪ゲーム(非を認めて頭を下げる場)」を開いた顔をしていました。 しかし、メラビアンの法則が暴いたその本当の意味は、謝罪などではなく、「私を責めるあっちが冷たいんです。さあ、私に味方して!」という、世論誘導のゲームだったのです。形だけの「ごめんなさい」という免罪符を盾にして、その裏で巧妙な自己弁護を行っているからこそ、私たちは騙されているような不快感を覚えるわけです。

彼女がこの投稿をInstagramで行ったことにも触れておきます。もし本当に幅広い意見を聞きたいのであれば、身内やファンが集まりやすいプラットフォームより、非フォロワーからの反応も拾いやすいXやThreadsの方が向いていたかもしれません。「意見を募集する」という体裁を取っていても、実際にどの場で問いかけるかによって、集まる声の性質は大きく変わってしまいます。

印象が変わる男性

クレームを「お客さまの本音」と捉える場づくり

では、コミュニティや講座を主宰する起業家が、同様のフィードバックを受けた場合、どのように言葉を設計すればよいのでしょうか。

「子連れはいかがなものか」という意見は、単なる感情的なクレームではなく、「集中して学びたい、人脈を作りたいというニーズが一定数存在する」という貴重なデータでもあります。これを「正しいか間違いか」という善悪の議論に持ち込むと対立を生みますが、「誰にどんな価値を提供する場にするか」という設計の話に切り替えるのが、プロの対応です。

自身のスタンスを崩さずに発信するのであれば、次のような言葉の設計が考えられます。

【対話型】ご意見への感謝と受け止め

最初から「謝罪」の枠組みを外し、まずは異なる意見の存在を真摯に受け止めるアプローチです。

「今回の交流会について、貴重なご意見をいただきありがとうございます。『ビジネスの場として集中したい』というお声も、非常に大切な視点として受け止めております。その上で、私自身は子育て中であっても学びや挑戦を諦めなくていい社会を目指したいと考えています。今後は双方のお気持ちに寄り添える形を模索してまいります。」

【表明型】自身の主語とポジションの明確化

謝罪ではなく、最初から「私の見解・方針」としてメッセージの主語を明確にする方法です。

「本日は、子連れでのイベント開催に関する私の考えをお伝えします。ビジネスに深く集中したいというお気持ちも深く理解しています。一方で、子育て期だからこそ挑戦の機会が必要であるとも確信しています。誰かが我慢を強いられる場ではなく、それぞれの選択肢が共存できる場づくりを模索していきます。」

【限定謝罪型】事前設計の不足に対する改善の提示

「子連れというスタンスそのもの」を謝るのではなく、「事前の案内や配慮、設計の甘さ」に限定して非を認め、具体的な改善策を提示する方法です。

「今回の交流会において、事前の告知や配慮が十分に行き届かず、一部の参加者様に快適な環境をご提供できなかったこと、真摯にお詫び申し上げます。子連れでの参加という選択肢は今後も大切にしていきたいと考えております。そのため、今後は『大人限定の集中回』と『子連れ歓迎の交流回』のように、提供する場の設計を明確に分け、皆さまが安心してご参加いただけるよう工夫してまいります。」

謝罪の看板を掲げるなら中身も謝罪に一致させる、意見表明をするなら看板ごと変える。この主語と言葉の責任範囲への自覚こそが、SNS発信で信頼を守る鍵です。

コミュニケーション

言葉と態度が一致しないと信頼が揺らぐ

きれいで、正しい言葉を使ってさえいれば、何をしても許されるわけではない。 「言葉」と「ビジュアル(態度)」に嘘のない誠実なコミュニケーションがいかに大切か、そして、それらが一致していない表現がどれほど他人の信頼を損ねるか。このSNS時代のちぐはぐさは、私たちにそのことを痛烈に教えてくれています。

こうした「言葉と態度の一致」「発信の設計」は、経営者や広報担当者にとって、日々のSNS運用や社外への情報発信の質を左右する重要なスキルです。話し手と聞き手のズレが生じる原因と、その防ぎ方を体系的に学びたい方は、ぜひシュプラノートの研修メニューをご覧ください。

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