「本日はセミナーにお越しいただき、ありがとうございました」 「昨日はご来店くださり、誠にありがとうございます」
似ているようで、実は使い方が違うこの2つの言葉。メールを書くたびに「あれ、どっちだっけ」と手が止まった経験はありませんか。
結論から言うと、この違いは丸暗記するものではありません。「誰の行動に対して敬意を払っているか」という視点さえ押さえれば、迷わなくなります。
「いただく」と「くださる」の基本

- いただく=「もらう」の謙譲語(自分がへりくだる言葉)
- くださる=「くれる」の尊敬語(相手を立てる言葉)
主語を入れてみると一目瞭然です。
- 田中さん、セミナーを受講してもらって、ありがとう!→ 少し違和感がある
- 田中さん、セミナーを受講してくれて、ありがとう!→ こちらが自然
相手が「受講する」という行動をしてくれたことに感謝しているので、正解は「ご受講くださり、ありがとうございました」。ビジネスメールでは、お客様や取引先の行動に対しては「くださる(尊敬語)」を使うのが基本と覚えておくと、迷いがぐっと減ります。
よく検索される言い回し、正しく使えていますか
「いただく」なのか「くださる」なのか、実際の文面でチェックしてみましょう。
「お読みいただきありがとうございます」
これは、自分が「読んでもらった」という状況(例:代読してもらった、目を通してもらった)で使う言い方です。読者に向けて「読んでくださって嬉しいです」と伝えたい場合は、本来「お読みくださりありがとうございます」の方が文法的には自然です。とはいえ、「お読みいただきありがとうございます」はビジネスシーンで非常に広く定着しており、今や誤りとまでは言い切れない慣用表現になっています。
「見てくださりありがとうございます」
相手が「見る」という行動をしてくれたことへのお礼なので、こちらは文法通り。迷わず使って大丈夫です。
「いただきましてありがとうございます」
「いただき」に「まして」を挟んだ、より丁寧な響きの言い回しです。意味は「いただき、ありがとうございます」と同じですが、目上の相手やあらたまった場面では、こちらの方が柔らかく丁寧な印象になります。
「してくださりありがとうございます」「くださりありがとうございます」
「〜してくれて、ありがとう」を敬語にした形で、相手の行動へのお礼なので文法的にも自然な使い方です。「ご参加してくださりありがとうございます」のように動作の内容を入れて使われることが多い言い回しです。
「ご覧いただき」なのか「ご覧くださり」なのか
「見る」を「ご覧」に置き換えた場合も、考え方は同じです。「ご覧いただく」=自分が見てもらう(=ご覧+いただく)、「ご覧くださる」=相手が見てくれる(=ご覧+くださる)。「資料をご覧いただき、ありがとうございます」なら、相手に見るという行動をしてもらった、という意味になるので、実はここまでの整理でいくと「ご覧くださり」の方が文法的には自然、ということになります。
ちなみに「ご覧」自体は「見る」の尊敬の意味合いを含む語ですが、「ご覧いただく」「ご覧くださる」は二重敬語ではありません。「お読みいただく」「お読みくださる」と同じ「お/ご+動作+いただく/くださる」という一つの型で、ここに使われている「ご覧」は敬意を込めた言い方として定着した一語のようなものだと捉えてください。「見て」よりも「ご覧」の方が改まった響きになるため、目上の相手やお客様向けの文章では「ご覧いただき」「ご覧くださり」の方がよく使われます。
「お越しいただき」なのか「お越しくださり」なのか
セミナーや来店のお礼で頻出する言い回しです。「お越し」は「来る」の尊敬語なので、相手が「来る」という行動をしてくれたことに対しては、これまでの整理と同じ考え方で「お越しくださり、ありがとうございました」が文法的には自然です。
一方、実務では「本日はお越しいただき、ありがとうございます」もビジネスシーンで非常によく使われており、こちらもすでに広く定着した表現です。冒頭の例文でも触れた「お越しいただき」は、まさにこのパターンにあたります。
「頂く」は漢字?ひらがな?表記の迷いにも基準がある
「〜させていただきます」を「〜させて頂きます」と漢字で書くべきか、迷ったことはありませんか。実はこれ、文化庁が示す公用文の考え方が一つの目安になります。
- 「お土産を頂きました」のように、実際に何かを”もらう”という意味で使う場合 → 漢字の「頂く」でも問題ありません
- 「ご連絡させていただきます」「確認させていただきます」のように、動詞を丁寧にするための補助的な言い回し(補助動詞)として使う場合 → ひらがなの「いただく」が基本
つまり、実際に何かを受け取っているわけではなく、「〜する」という行為をへりくだって表現しているだけの「させていただく」は、ひらがな表記が基本ルールです。同じ考え方で、「ご来店くださいませ」のように敬意を添えるだけの「くださる」も、ひらがなの「くださる」が基本になります。
ビジネス文書やメールでは、この使い分けを意識するだけで、文章全体の印象がぐっと整います。
お客様への言葉づかいは、尊敬語がスマート
長年の接客を経て講師業という人前に立つ仕事をしていると特に感じるのですが、お客様の行動に対しては尊敬語を使うほうが、圧倒的に印象がスマートです。
「いただく」でも間違いではない、という情報もネット上にはたくさんあります。実際、時代とともに言葉の使われ方は変化していますし、「ビジネスではいただきで統一しておくのが無難」という考え方も一理あります。
ただ、細かい言葉づかい一つで「言葉を知らない人だな」という印象を持たれてしまうのは、もったいないことです。特に、その道のプロとして人前に立つ立場であれば、日常的に使う言葉こそ、丁寧に選んでいきたいところです。
「言葉を知らない人」に見えてしまうもったいなさ
普段のやりとりがLINEやチャットで完結する時代になり、あらたまったビジネスメールを書く機会そのものが減っています。これは今の若手に限った話ではなく、世代を問わず「正しい敬語を書く」練習をする場面自体が少なくなっているのが実情ではないでしょうか。
それでも、初対面の相手や取引先とのやりとりでは、いまだにメールや文書が信頼を測る材料になります。ちょっとした言葉づかいの乱れが、「この人は言葉を知らないんだな」「この会社は大丈夫かな」という印象につながってしまうのは、本人が思っている以上によくあることです。
「正しい言葉」を選んでも、伝わらないことがある理由
ただ、正しい敬語を使えるようになることと、意図がきちんと伝わることは、実はイコールではありません。文法的に正しい敬語を使っていても、相手にうまく伝わらない、意図とは違う受け取り方をされる、という場面は珍しくありません。
言葉は、正しく選んだだけでは機能しません。誰に対して、どんな関係性の中で、どんな場面で使われるか——その文脈まで含めて、初めて「伝わる言葉」になります。
これは敬語に限った話ではなく、社内の指示や報連相、部署をまたいだやり取りなど、職場のコミュニケーション全般に共通する話です。「言ったつもりなのに伝わっていない」「指示したはずなのに違う理解をされていた」——こうしたズレの多くは、話し手・聞き手それぞれが持っている文脈のすれ違いから生まれています。
私はシュプラノートという企業向けコミュニケーション研修で、こうした「言葉のズレ」が起きる仕組みと、そのズレを減らすための考え方をお伝えしています。細かな言葉づかいへの気づきは、実は組織全体のコミュニケーションを見直す入り口にもなります。
「うちのチームも、言葉のすれ違いが多い気がする」——そう感じた方は、一度お気軽にご相談ください。
